受胎告知「能楽詩集」より by 佐藤茉莉 三千彦 シテ /王妃シルヴァーベリ シテワキ/影の女(王妃シルヴァーベリ乃至猫背の女) 狂言 /フクロウ 所 /死んだ森 受胎告知 シテ /王妃シルヴァーベリ シテワキ/影の女(王妃シルヴァーベリ乃至猫背の女) 狂言 /フクロウ 所 /死んだ森 地 それはよい それはよい それがおまえのつとめなら シテ 「ーーーーーわたしは王妃シルヴァーベリ。 深い深い、森の中。 苔がはびこる、城壁の、 あの美しき、懐かしの、 グミの大樹に、接吻をする。 シテツレ「恐ろしく、古い時代の赤いグミ。 微笑みながら、頭を垂れて、祈りをこめて、 青い、空へ、我等の想いを射放って、種、放つ。 われらが女、そなたは王妃。 赤いグミの実、食べましょう。 シテ 「わたしの名前は《ルリスターシャ》。 そう呼ばれていたような‥‥‥。 でも、ほんとうの記号はわからない。 たぶん、《エグランタインヌ》の花言葉‥‥‥。 それとも、滅びてしまったシルヴァーベリ。 どれもがとっても痛手な名前。 ただ知りうることわ、 わたしの春は今日もまた、猫背のまんま どこか知らない遠くの国へ、 このまま崩れて行きそうな‥‥‥。 地 それはない それはない そなたは王妃 赤いグミの実 食べましょう 【間狂言】 晴れた日の朝 フクロウが鳴く ホー ホー ホー ホー 大安じゃ大安じゃ ホー ホー ホー シテツレ「朝鳴くフクロウ大安の、その理由は深い森。 鳴けば遠い日、想い出す。 提灯ぷらぷらぶら下げて、赤い赤いグミの実を、 ひとつ残さず食べたこと。 あのネギボウズ城の、石棺で………。 地 眠っていたのを 想い出す 城の庭のグミの樹の 下に横たう珍しい 石の長椅子………いや 石棺の 壊れた蓋から赤いグミ 熟れてたわわに伸びてくる それを残らず食べたこと 柩の中で食べたこと 赤いグミの実 食べたこと シテ 「わたしの口は突然に、甘く酸っぱく満ちてきて、 身体の芯が熱くなり、赤い力が渦巻いてくる。 すると臘は溶けくずれ、繃帯の下の下から細い陽炎立ちのぼり、 自身と世界がつながって、またも新たな生命が微笑むの。 シテツレ「首傾けて、此処でこうして眠っていたわ。 シテ 「ーーーーーわたくしは………。 シテツレ「そう、わたくしたちは。 わたくしと、わたくしたちに、新たな季節がやってくる。 地 肥えて太った土の王 の上を 今ではすっかり白い骨 枯れた片足脚ひきずって シテ 「嗚呼! ーーーーー嬉しいわ。 地 赤い血のグミ 血の実の種を プイッと口から吐きだして 王妃は揺れて揺れて 種蒔き歩るく ププイッがプイッと シテ 「わたしは王妃、女として、 荒れた不毛の野や山に、海にわたしの影を撒く。 赤い赤いグミの子を、花や果物、育てるわ。 風の男と寝て育てるわ。 地 それはよい それはよい それがおまえのつとめなら それがおまえのつとめなら 幕 |
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