POETRY DIARY
九十五%の仲間たちは…すでに死んでいるのだから

タマジック・タイム

彼らにとって、それは生命の終りへの旅立ちであった。
          
レイチェル・カーソン 「モナーク蝶の渡り」より

の詩編は2005年から2009年の間につくったものを「灰とダイヤモンドの犬」とともに『キリエ』としてまとめたものである。



 八つ乳房

風上へむかって旅をしてみょう
甘くすえた白かびのような
腐りかけた剣(つるぎ)の匂いがするだろう
そこがきみのふるさとなのだ
手と
足と
牙と
尾と
八つ乳房にて立つ母がいて



 てりぶる

きみのような男なら
ほかにもたくさんいるさ
心配しなくっていいよ
とオオカミが笑った
はははん
ももたろうや
たけるのみこと
らいこうのことだな



 種子学

ほんのすこし寒いけれども
氷の橋を渡ってごらん
世界はみんなつながっていて
ママンという白いオオカミの
可愛い子どもたちが跳ねている
おまえとかれらは兄弟だから
一族の受難の曲を
ウオオオーと合唱しょうよ



 精 霊
 
見えるかい
見えるだろう
あんなに光っているのだから
おまえにもきっと見えているはずだ
気持ちをしっかりおちつけて
瞳をしずかに閉じてごらん
ほら金色のパラソルが
すっかり開いているのだから



 死 鳥

特権的な
華氏四五一度がやってきて
美しい本を灰にする
活字は羽音をたてながら
天文星座の狭間をぬって消えてゆく
「不死鳥」とゆう名の表題であったが
死鳥はまた蘇るだろうか…

こんなふうに喪失をしちまって
めぐりあう後のことさえ知れずに
花も獣もnativeも
みんな死んでしまったら
ぼくたちは淋しくって
ね… 淋しくて
きっと死んでしまうだろう



 荒 野

時代はなにもかも長調だから
ぼくは短調を口ずさむ
オウウウウーと唇すぼめて
摩天楼の荒野ケ原を
ひたひたどんと放浪する
ひたひたどんどん放浪をする



 九十五%の仲間たちは

こしたんたんと
猟師がきみを狙っているぜ
だって
きみたちは鋭い感覚を持った野生児だもの
残念だが
そうゆうことなのさ

ベルを鳴らせリンリンと
ベルを鳴らせソクソクと
九十五%の仲間たちは………
       すでに死んでいるのだから
一人のこされ咲きにけり
一つのこりて咲きにけり
ふといづくからともなく君の声する



 キリエ

ぼくたちにはわからないことがいっぱいだ
わたしたちにはしらないことがいっぱいだ
野性の動物たちがオシッコの置手紙を置いてゆく
なんて書いてあるのだろうか

ぼくたちにはわからないことがいっぱいだ
わたしたちにはしらないことがいっぱいだ
野原に咲いている水仙の香りをかいでいると
どうして頭痛がおさまるのだろうか

ぼくたちにはわからないことがいっぱいだ
わたしたちにはしらないことがいっぱいだ
小鳥たちは蔦草の羅甸語(ラテンご)を解読してキリエを歌っている
なんて口づさんでいるのだろうか

ぼくたちにはわからないことがいっぱいだ
わたしたちにはしらないことがいっぱいだ



 いまの道のべ

やまのこえをきけ
おまえはやまの子どもなのだから
おまえの母は
やまとの国のおんなだった
めをさませ
おまえはやまの子どもなのだから
無用の風が
やまとやまとを犯すまえに
おもいだせ
おまえはやまの子どもなのだから
おまえはやまとの子どもなのだから
はやく母のやまへかえれ
はやく母のやまとへかえれ
ちぢにくだけし国境の
いまの道のべ



 ぱるちざん

もどりはし
えぞもくまそもつちくもも
おほえの山もいぶきの山も
みんなおまえの父さんだった
「父殺し    !」

   おまえはかつて
   前足とうしろ足と
   尾と牙とで歩いていたんだ
   いやだね
   忘れちまったのかい
   ほんのすこし前のことだったのに

ざっと雨でも降らそうか
ざっと風でも散らそうか
ほらほら犬歯が尾がのびてくる
おまえは小さな不定形のぱるちざん
「父親殺し! ぱるちざん」



 友だち

おまえに友だちはいるのかい
そうさ
友だちだよ
信じることのできる友だちさ
ふん まあいいだろう
しかし気をつけるんだな
おまえの部下は
すべて街でつくられた機械人形ばかりだ
おまえが熱病で苦しんでいるのに
なんにもしてはくれなかった
戸板にすらのせてはくれなかったぞ
どうだい
俺がおまえの身体をたべてやろうか
楽になるぞ
俺はおまえの友だちだからな



 五ぞろのどっぱ

五「お仲間さんにござんすか、ウオ ウオ ウオオオオー。
甲「お仲間さんにがんすよ、うほ うほ うほほほほー。
五「遠吠えのご挨拶はさせていただきやしたが、巣穴を申しあげておりや
  せん。
甲「お互いさまにがんす。
五「手前、無用のながれ者にござんす。荒野にてお目にかかりやしたが、
  さっそくお仲間の仁義を切らせていただきやす。ウオ ウオ ウオオ
  オオー。
甲「お互いさまにがんす。うほ うほ うほほほほー。
五「手前、巣穴と発しやすれば伊賀にござんす。
甲「結構なところに発してがんす。
五「それほどのところじゃござんせんが、伊賀と申しましてもいささか広
  うござんす。伊賀はうえのの、おとぎ峠でござんす。
  お互いけものみちの通行は大切にござんすから、毛並みお見知りおき
  のうえぐるり万端よろしく、おたの申します。手前、属名を発します
  るは失礼にござんす。ヌクテといいやす。伊賀ヌクテと名乗りやす。
  またの名前を、五ぞろのどっぱ(狼の足跡)といいやす。
甲「さっそくのご挨拶ありがとうにがんす。うほ うほ うほほほほー。
  お言葉に申しおくれやしたが、手前ごとは甲賀にがんす。甲賀と申し
  ましても甲賀組の鉄砲打ちにがんす。へい、けものの皮をかぶった山
  師トマと名乗りやす。当時は縁もちまして残酷党の一党にがんす。
五「ずいぶんと厄介なところに発してござんすな、くわばらくわばら。
甲「それほどのところじゃござんせんが、へい、お気の毒さま。お免こう
  むりやす。牙だせ! 毛皮だせ! ほい! 肉だせ



 野獣夜曲

ゆうべみたゆめ あかい夢
かなしい獣のソプラーノ

   ピストルかついだ狩人が
   どんと火花をうちあげた
   兎も 狐も 狼も
   鷹も 野鼠 山吹も
   しんしんしんしん目をとじる
   しんしんしんしん目をとじた
   森にしとしと雨がふり
   しとしとしんしん片付ける

ゆうべみたゆめ あかい夢
心がびっしり濡れました



 ザムザ

ザは ザは ザはね
風の音
草の音だよ
波の音
雨の音だよ
ザは ザはね

ザは ザは ザはね
胸騒ぎ
虫のしらせだ
胸の音
ザムザのこえだよ
笑えない

ザは ザは ザはね
ザは ザはね



 ゴキブリ

寝室に大きなゴキブリがいた
ベットの下へ「ホイホイ」を忍ばせておいたら
ふるい鈴を振ったような苦しい羽音が
やがてガサコソと一晩中聞こえはじめた
きらわれものの奴であっても
かわいそうなことをしてしまった



 弾丸列車

石組でできた
アーチ形の橋の上を

血の赤い色に輝く
超特急が走る

なんとはない青い空と
灰いろの道

その一直線を
こちらに向かってやってくる

スピードは新幹線に及ばないが
あいつに殺られたら

獣道だったのに
もう祖国へはたぶん絶対に帰れないだろうな

お土産を口にくわえた
出稼ぎの君は



 首領星

ぽたりぽたりと
天のめぐみが落ちてくる
つめたいけれども
キラキラとする
わずかばかりの希望のような
ちいさな粒の鏡を飲んで
血塗られながらも
地下水道の抜け道を
尾と牙と爪と鼻とをひきずって
また
旅立ちて歩いてゆこうよ
音は立てず
比類なきものへ手を振って
ほら… あれがコミュニオンの
五十六億七千万年後の首領星(CMa)
カピトリーノのママンだよ



 軸にても候か

首筋をかたむけて
驚きに耳ひらく汝よ
汝のこころは
天と地と月と水とを越えて
うすら明かりのなか
湯気の階段をのぼりつつ
大いなる虚空へむかい
嘘いつわりなく越えてゆく

鹿の呼ぶ笛の音して
松の吹く風の音して

汝はさみどりの葉を齧る
天は地は 月は水は

すべからく此処にても在れ
一輪の花が咲く
これ夢にして夢にあらず
うつつにしてうつつにあらず
軸にても候か
一瞬のジグザグに綾をなす
ふるき屏風の中の
秋の夕暮れ



 唯 識

老いた鹿が先頭の
あの一団が
苔むした飛び石を踏みしめながら
干からびた鼻面を引きずって
麓の寺をあとにする
一歩
二歩
三歩
漆の森へやってくる

漆の森の渓谷は
深く
暗く
静かに流れて
橋もなく
月明かりもない
   〈唯〉老いた鹿の高度な
      〈識〉の遊びを持って
まるい石の上を確実に
おもく
かるく
爪に速度をのせながら
渓流を渡って

若い鹿の
新しい命とともに跳びはねる



 シャマン

やまの
頂上へ
のぼったら
両手を




(音叉)を




そして
静かに
このやまを
下ろう



 金塊和歌集

むかし むかし
みなもとの 某 の歌に

  もののふの
  矢並つくろふ(う)
  籠手のうへ(え)に
  霰たばしる
  那須の篠原

と云ふ(う)歌がありて
われ愛づ(ず)るものなり
なにとなれば
むかし むかし
猟犬をつれて狩りをたのしむ武士が
那須の篠原で
ひとつがいの鹿と出逢ひ(い)て
まず一頭をしとめ
つづいて二頭と思ふ(う)やいなや
この鹿は金塊(ダイヤモンド)となりて
みなもとの某の眼球をくらました
金塊の鹿を見失ひ(い)てのち
心かきみだされて
某は「千古に一人」の歌読みとならん

かの鹿とは汝なり
二の矢をつがんと思ふ(う)刹那
霰たばしりて眉間はげしく打たれたる某は
汝を神仏と見誤りて
南無八幡へ懴悔せしこと二十八たび
かずかずの歌を道連れに
若くして昇天する



 父に渇いて

冬空の冷たい空気の中
青むらさきいろに澄んだ煙草の煙を
御召列車の蒸気機関車のように正装した男が
ぷかりぷかりと吐きながら歩いてゆく

街は正月
白地に赤き日の丸の旗がゆれ
男の吐く煙が日本刀のように反って
定着はせずに変化する

そのさっぱりしたニコチンの香りが
帝都で埴輪になったおれの唇や鼻腔をぬらし
故郷へ捨ててきた落首を一つ想いださせる
たとえば 太い犬歯の



 リンデンバウムのトリニティ

コンビニの角を曲がってその先をますぐ行ったところに
小さな雑木林があった
そこを通って帰ろうとすると
一瞬 強い風が吹いた
夏菩提樹の枯れ葉がいっせいに揺れて
ひとつが落ちた
クルクルと回転して
ヘリコプターのようになって目の前を過ぎ
足元へと着地する
拾ってみると三にして一つの種子がついていて
風の指が触れて落としたリンデンバウムの葉を
こんどはボクの指が触れて拾っている
すると「ここにお前が存在する」と
風が強くささやいて
三にして一つの種子をまた菩提樹からた落とした
これは天からボクへの便りなんだと
あらためて手のなかのトリニティを見つづけた風の果て



 空っぽの小箱

古道具屋でみつけた花のかたちの密かな小箱
そのなかへわたしは閉じこもって
これ以上もう壊されたくないから
これ以上もう人から傷つけられたくないから
わたし好みのリボンがついた
やわらかな包装紙へ自分をしっかりくるんであげて
内側からそっと金の鍵を掛けてみる

なんて美しく咲くわたしだけの花
蝶にだってあなたにだってあげたくはない
ぎゅっと抱きしめたまま
変化しないで咲いていたいから
暗くて冷たい安全な場所へいつまでも置いておく
密かな小箱はぴかぴかと光っていて無傷だから
安全のためには目が離せないの………


こんなこと なんて愚かなことだろうか
君は君だけの大切な君ではあるのだけれども
古道具屋でみつけた美しい小箱は
そっと蓋を開けてみて
ボンボンかキャンディーでも入れてみようよ
そしてお友だちに蜜をキャッチしてもらおうよ
中身は当然なくなっちゃうけれども     

それでも最後の一つは硬く握りしめないで
かたわらにいる人のために包装紙をつましくむいてあげようよ
満ち足りながら蜜を舌の上へのせてあげようよ
そりゃ時にはかぶりと噛まれることもあるだろうが
それがまたじつにおもしろいんだ
それこそが君にとっての出来事で
それこそが人生一番の出来事て言うやつなんだから



 二つの獲物

仮面をかぶって風下から近づいてくる人間どもがいたら気をつけよう
おまえとおなじ毛皮を身にまとい
おまえとおなじ匂いを陽炎に見立てながら
すんなりとはいかない足音を曳きづってやってくる人間どもがいたら
その見せかけの友情に気をつけよう
ほんとうの友情に仮面など必要ではないからだ
おまえの血と肉と骨と毛皮がかれらの目的なのだから
おまえの叡知
  おまえの孤独を理解したふりをしているだけなのだから

風上に座って静かに本を読んでいる一人の人間がいたら
その人へ近づかなくても
無用の声がおまえにもしっかりと聞こえてくることだろう
その人の心臓がおまえの心臓と重なりあって
ふたりして沈黙の音楽を奏でることができるならば
その人がおまえの血と肉と骨と毛皮が必要であるというのであれば
おまえがその人の血と肉と骨と毛皮が必要であるというのであれば
そのときは
  一つ夢のなかで二つの獲物を仲良く裂きわけ与えあおうよ



 失くした尾っぽ

むかしむかしのそのむかし
人はながくて奇麗な尾っぽを失した
むかしむかしのことだけど
失した尾っぽの偉大さに
失した尾っぼのはかなさに
人はステッキに恋慕する

   元帥さんはダイヤモンドのバトンを愛し
   ジェニトルマンは象牙を愛す
   女たちは素敵な男の腕をステッキに
   尾のない尻をふりふり上げて歩きだす
   いねむり小僧さん頬杖ついた
   爺さん婆さん杖つきゃ「乃」の字

むかしむかしのそのむかし
人はながくて奇麗な尾っぽを失した
むかしむかしのことだけど
失した尾っぽの偉大さに
失した尾っぽのはかなさに
人は乃の字乃の字と杖つきながら
のたりのたりと暮れてゆく



 の鳩

三進小銃器製作所
電線の上の
の鳩ででっぽう

十七
十八
二十羽が

白玉黒玉

発射して主人(あるじ)を狙う



 どんぐり

なんてこった
ちくしょうめ
こんな処にまで
車が
土ふみしめてゆく
だがどんぐりよ
  芽だせ
芽でよ



 しもばしら

しもばしらのやつ がんばっていたな
ああ そうとうにがんばっていた
だけどもう踏んづけられてしまったよ



 

さては散歩か紅葉狩り
一の坂 二の坂 三の坂越えて
四の坂まできてみたけれど
池の水が美しくなっていたよ
鯉が三匹 スーッと泳いでいたよ
紅葉くれないに燃えて
もう 素人うけするけれども
あのヒキガエルどこへ行ったのだろうか
苔のうえに行儀よく座っていた
ピエト・モンドリアンの蛙よ
君はいつでも数学的な法則によって
聖なる比例へ正座をしていた
忍耐づよく
もっとも美しいところへ鎮座する賢者よ
卓越したその姿は目立たないが
とても凛々しかったよ
だが
二度と君を見つけることはできない
どこへ追われて行ってしまったのだろうか
どこに戸隠れてしまったのだろうか

「あら‥‥鯉!」だなんて

それはそれで良いけれども
あの賢者
ほんとうにどこへ行ってしまったのだろうか
ふるい城跡に残されていた矩形ケ池のヒキガエルよ
どこかでいまも生きているのだろうか
生きていてほしいな
ピエト・モンドリアンの蛙よ
鬼よ



 遠吠え

ピッケルを投げるなんて卑怯だぜ
高い岩の上からこちらへむかって投げるなて
お乳をのんでいる子どもたちがいたのに
氷のつぶてよりも恐ろしい
おまえたちの心をおれたちは許さない
途中 白い花の十字架になって
むこうの谷へ飛んでいったからいいよなものの
卑怯な手はつかわないでほしい
ピッケルは投げないでほしい
おれたち掟をいまも守っていて
おまえたちを襲いはしないのだから
だから 卑怯な手はつかわないでほしい
おれたちに起こりうる受難なら
おまえたちにも十分に起こりうることなのだ
「うふふ」
はやくおかえり
おまえたちのガキどもが待っている都へ



 艤装儀式

かの人の命日には
駄菓子屋さんに置いてあるような
まるくて大きいガラスの瓶へ
たっぷりと水を点(た)てようか
そして
かの人が母様とわかれて
くるしみの旅へ踏みだすまえの
まだ羊水にいたころの
あの
出船のような
胞衣(えな)へ風をはらんで臍の緒を切った
祝祭的な艤装(ぎそう)を懐しもうよ
今日は
かの人の命日なのだから



 首まつり

滅び落ちてしまった山城の
ふるい瓦は掘りおこさないでほしい
大地にもっとも近いところで
ちいさな虫けらどもといっしょに
こうして静かに生きつづけてきたのだから
だから覇者よ
これ以上おいらには近づかないでほしい
流された首塚の血と石ころとで育った
あかむらさきの煩悩にもにた
円環の
蛇の目の傘の初茸(はったけ)なのだから

おいらには歳老いた母がいて
老残の身のたのしみといえば首塚の首供養
滅び落ちてしまった山城の
首板のようなふるい瓦を掘りおこして
秋にわたしをみつけだすことだけなのだから
だから覇者よ
これ以上初茸の首には近づかないでほしい
化身をほどこしたこの生首は
唯一その人だけのものなのだから
ほら
ごらん
母の手の指さきが
こんなに近くまでやってきた



 満 月

満月の夜 わたしは泣いた
みみずくは泣いた
あざらしは泣いた
おおかみは泣いた

こんなに寒い夜は
満月の母さんに抱っこされ
みんなどこかで泣いている



 生きる

人間はやさしい言葉をかけてくれるものに弱いんだ
たとえそれに心なくても
うれしくって目がくらんでゆく人間を
それにつけこんでゆく人間を
おれたち見ているのがつらいんだ
どうにもこうにも牙が浮いちまって
近くにもういられなくなってしまうんだ
だっておれたちの森には食べものがないんだぜ
冬はとてつもなくつらいんだぜ
おれたちだって
そりゃやさしくされたいが
やさしさとは
いつだってもっときびしいもんなんだ
そうしたきびしさのなかのやさしさをおれたちは生きている
だからこうして生きてゆけるし
これからもずっと生きつづけなくてはならないんだ
とてつもなくちいさな春へむかって
とてつもなくちいさな木の芽へむかって
おれたちはいつだって身を仮託しながら生きているんだ



 宇宙的感覚

どんなに暗くて冷たい道のりであっても
どんなに辛くて惨めな試練であっても

自分の受皿(リセプター)をしっかりとにぎりしめて
たえず前向きに歩いてゆこうよ
おまえ自身が美しい光であるのだから

身幅は量りの知れない銀河の断片だから
きっと宇宙的感覚で守られているのだから



 風の花伝書

今日というあらたかな風のなかを
ふるい夢をみつめながら
ふるい思いに生きて
ふるい友と手をつなぎ
ふるい場所を静かに歩く

   ふるい風の吹く場所には
   あらたかな友の手がさしのべられ
   あらたかな思いが湧き
   あらたかな夢がふくらみ
   あらたかな風が吹く

   だからふるい風のなかで
   ふるくてあらたかな風の花伝書を読みながら
   ふるい思いに生きて
   ふるい友と手をつなぎ
   ふるい場所を静かに歩く

ふるい風はあらたかで
なんと美しいことなのだろうか
今日というこの日
あらたかでふるい国風のなかを
とどまることなく歩いてゆこうよ



 イノセンスの花々

冷たくよどんだ闇路はぬけて
さあ 船出をしょう
病んでしまった古い土地は
過ぎて 過ぎて
朝霧にくぐもったモノクロームのドアを叩こう
それが黄金の扉なのだから
ぼくたちの腕で強く押し開こうよ
たとえそこになにも存在していなくても
自分たちはいるのだから
君がいて
ぼくがいて
君をつかまえて
ぼくをつかまえて
小さな美しい村をつくろうよ
無邪気な種子はポケットで育っていたのだから
それをそのまま新しい土地へうずめて
無邪気な花を咲かせようよ
イノセンスな花はもともとが
母が育てて
父が育ててきた
かけがえのない花なのだから
冷たくよどんでしまった夕闇がやってこないうちに
深く根づかせて
ぼくたちの花を咲かせようよ
考えて 考えて
ぼくたちの花を咲かせようよ
イノセンスの花々を咲かせようよ



 ツワイライト

これはわたしのアトリエから見える新宿副都心のビル群です

昨日の夕焼けはとても美しかった
写真に撮ろうと思ったやさきに電話があって 
うかつにも長話ししているうちに黄昏を取り逃がしてしまった
で 泣く泣く妥協して本日パチリ! です

風景は刻一刻と変化して ドラマチックなこの時間がわたしは好き


青い空間と紅い夕焼け………


やがては巨大な漆黒の森に日本の星々が言葉を放つ
なんと心慰められる 無時間な愛のしぐさのはじまる時間よ!
だが 真に人を愛しているときは「開けゴマ」なんて言葉はいらない

あのときのままの姿で 黙って優しくそれを見つめて………



 マジック タイム

むかし地球は暗かった
だから夢がよく見えたんだ
帰ろうよ 君
ほんのつかのまでもいいから
夢がよく見えた
あの魔法の時へと



 ねむらんて

ねむれ ねむれ ねむらあた
ねむれ ねむれ ねむりの子
  かがやく光り ごうるどの
  花はひまわり 可愛いあぽろん
  月の女神にてらされて
  ちいさな手足のびろうどよ
ねむれ ねむれ ねむらあた
ねむれ ねむれ 
ね・む・ら・あ・た

青の時間(タイム・ブルー)を寝返りうって
清い心で ねむらんて
  あまつの星座 瞳へのせて
  うれいとなげき わすらんて
  朝日のとびら ひらくまで
  めぐみゆたかに ねむらんて
ねむれ ねむれ ねむらあた
ねむれ ねむれ 
ね・む・ら・あ・た



矮小の王国から(後書)

どんなときでさえ、もの言えぬ動物たちはほとんどの場合なにも知らされないまま死んでゆく。あるいは、殺されてゆく。だからであろうか、彼らのヒトミは強くて賢く、恐ろしいほど鋭くて優しく、美しくて哀しい。

ーーーーもの言う人間だからもの言うが、わたしは天の邪鬼のようであった。「ようであった」とは、自分ではそのようなつもりはなかったが、祖母に「おまえは鬼畜生にも劣る子だな!」とよく言われたからだった。たぶん、祖母が愛玩する猫を確信犯でわたしがいじめたからであろう。しかし、それだけの理由ではなかったような気がする。だが、その真意はいまもよくわからない。ところで、わたしの生家は多少の山々を所有していた。してはいたが、放蕩な父のせいでわたしが中学生だったころすべてを喪失した。それでも山があったころは一日じゅう山の中にいることが好きで、紀州犬のシロをお伴にしながら始終よくほっつき歩いた。そして羊歯の葉っぱが生い茂っているお気に入りの窪地を隠れ家にして、葉っぱの裏側へ棚を作り、本やマンガ、こまごまとした日用品などをビニール袋へ隠しておいて、天気のよい日は日向ぼっこしながら鎌やナイフの冷えた刃で竹や木々をただ削った。そうすることは落着くことであり、勉強もせず、シロが穴を掘るような真似事ばかりをしていたような気がする。

父が手放して喪失した矮小の王国は、その後ゴルフ場に変貌してしまった。キノコもカブトムシもアリ地獄も蜘蛛もタヌキもいなくなり、山城の趾にころがっていた古い瓦も清い湧水もなくなってしまった。それからは五〇CCの、やがては一二五CCの、そして二五〇CCのオートバイへがむしゃらに股がって、湾岸や鈴鹿サーッキット、あるいは奈良へとでかけることもあった。

思い出といえばこれらは思い出の一部だが、事柄の一つ一つがわたしの身体のどこかにいまも痕跡となっていて、なにかあるごとに疼いては煩わしい。その煩わしさを絵に封じ込めることもできたが、職業となると、自分に才がないぶん飼いならされてしまって宙ぶらりん。ぽつりぽつりと詩らしきものを書くようになった。が、遠い日の師が口癖にしていた「絵を描く人間が文字をいじったらあかん」という呪文に呪縛されつつ、いまだになってもこそこそと書いている。

そんなある日、ラジオを聴いていたら阪神大震災から十年が経っていて、震災の時に三歳だった柴犬(チビ)がある人に拾われ、すでに十三歳の老犬になったと放じていた。ラジオは尚もつづき・・・現在の飼い主さんは、老犬になってしまったチビとむかしの飼い主さんとをなんとか再会させてあげたいという嘆願の放送であった。この放送を聴いていて、熱いものが胸にこみあげてきた。失くしたものと失くしてはいないもの・・・。失くしたと思っていても失くしてはいないもの・・・。そして、失くしてはならないものと、ほんとうに失くしてしまったもの・・・。チビのことを少しでも多くの方々に知ってもらいたくて、わたしは『チビ』という詩を書き速自分のブログへとアップした。

あれから四年の歳月がたってしまったが、チビがいまも元気に生きていれば十七歳だ。チビはむかしの飼い主さんに会えただろうか・・・? 白内障を患いつつあると聴いた老犬のチビがその後どうなったかを知るよしもない(NHKに問い合わせたところ、この日のデータがないとのこと。とほほッのほッ!)が、一瞬のラジオ放送がキッカケとなり、わたしはそのころにも増して腰折れの文字をいじるようになった。

『タイム・ブルー』『灰とダイヤモンドの犬』の詩編は、『チビ』の詩以来、
そうした中から生れたものである。

                  「タイム・ブルー」全41編  おわり

                
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