POETRY DIARY
失われた時(ヘヴン)への回帰

灰とダイヤモンドの犬

戦争のことしか考えていない国も、戦争のことを考えていない国も、お断りだな。
                     時雨沢恵一 「キノの旅」より

の詩編は2005年から2009年の間につくったものを「マジック・タイム」とともに『キリエ』としてまとめたものです。



 雨の犬

すんすんと気取ったねいちゃんが
雨の日に犬をつれて
美容院へ入っていった
犬は表に待たされて座っていたが
鎖を短く結んであったので動けなかった
雨がどんどん降ってきて
雨はざあざあ降っていた
雨ドイから溢れ出た雨水が落ちつづけ
逃げ場のない犬の頭を打ちつづけていた
雨はどんどん降ってきて
雨がざあざあ降っていた
俺も逃げ場がないドシャ降りの
雨の中の犬だった



 
審 判

ひとにあたりまえのことをいったら
「まあ、かりかりせずにのんびりいこうじゃないか」といわれた
それもそうだが
ぼくたちはこうして
とても大切なことをはぐらかして生きている



 
へらじか

大人になるということは
すこしずつ狡猾に
なって立派な人間というものになってゆくことなのかもしれないが
落ち葉こぼれし柏葉(かしわば)の
かすかに残るやわら毛を
みつけるほどに優しくなれて
ふぬけ藁人形を焼きすてる
そしてぼくはぼくの荒野へとぼくをとき放ち
とぼとぼとぼとぼとぼとぼと
なんだか小さくなってゆく自分だけれども
とぼとぼとぼとぼとぼとぼと
落ち葉こぼれし柏葉の
かすかに残るやわら毛を
両の耳へつき立てて
あの青い箆鹿(へらじか)の牡のように
凛として歩こうか
腕も脚もたいそう長くなったのだから



 
Vの記

その面影はもうないのです
図鑑にはさも存在しているように記してあるが
みんなでたらめのうそっぱち
理科室の壁にかかっている大きなVの角
あれがほんとうのぼくなんです
いまは釘づけにされて



 
空が孤独

笑っちゃうね
なにもかもがインチキだらけで

おもしろいな
子供の手に腕時計の絵が描いてある

時間はいつもおやつの時間
笑っちゃうけれどなんて正直なんだろう

空につがいの鳥が飛んでゆく
あまりにも空は広くて孤独だから

あまりにも地上は狭くて孤独だから
動かない腕時計をつけた子供たちは空を飛ぶ

ひとりぼっちで
孤独だけれども空が孤独で空を飛ぶ

鳥はいつもつがいだけれど
動かない腕時計をつけた子供たちは

なにもかもがインチキなこの街角で
笑っちゃうけれど空を飛ぶ



 
パンとサーカス

夢の綱は死んだ蛇のように垂れさがって
パンとサーカスの時代は終ったんだ
ところがどうだ
広告はどれもがウソっぱちで
テレビはおバカな道化師たちでいっぱいだ
ラジオもお客さんにこびる愛のささやきでいっぱいだ
どうしたんだろうね
みんな妙に楽しげなふりだけをしてさ
緊張感のないサーカスだなんて
真夜中に大声で歌う
下品な酔っぱらいみたいだぜ
辛子のついてないホットドックみたいだぜ
ぼくたち闇の子どもたちには
そんなやらせの蜂の羽音にはうんざりなんだ
生きづらさの中に綱をピンッと張って
生きて生きて生きるんだ
パンとサーカスの時代は終っちまったから



 
灰とダイヤモンドの犬

ぼくは瀬戸物でできた犬なんだ
だから死んでいるといえば最初から死んでいたんだが
生きていたといえば生きていたんだ
へんだなと思うだろう
だがね ぼくは生きていた

ぼくのおともだちにトムちゃんっていう男の子がいてね
ほんとうはトミオっていうんだけど
みんながトムちゃんって呼んでいたから
トミオはトムちゃんなんだけど
トムちゃんはぼくのことを「犬、犬」って呼んでくれたんだ

そのトムちゃんがね
じつは去年の夏休みに死んでしまったんだ
それでトムちゃんのお母さんがあれやこれやと
あまり大切でなさそうなものだけを集め
お正月前夜からはじまったお焚き上げの穴の中へ

赤い片目のダルマさんやお守り袋と一緒にね
お塩をかけられてぼくは投げ込まれちゃったんだ
どうしてそんなことになったのかはよくわからないけど
汚れちまったぼくを見るたびにお母さんは泣いていたから
きっとつらかったんだろうね

そんなときはぼくも泣いちゃった
だってトムちゃんとはもう会えないし
〈二人〉のことをあまりよく知らないお母さんには
瀬戸物の犬なんか別に珍しくもないだろうし
どうせこんなふうにして焼かれちゃうのだから

うううん ぼくのことはどうでもいいんだよ

あッ! そうそう トムちゃんはずっと病気でね
外へはめったに出られなかった
おともだちがお見舞に来るたびにいろんなものを持ってきてくれたけれど
トムちゃんがお布団をかぶってお話する相手はいつだって
うん いつだって きまって最後はぼくなんだ

うれしかったな〜
お母さんに内緒で「犬、犬」って呼んでくれるたびに
トムちゃんの目玉は黒いどんぐりのようにキラキラしていた
瀬戸物の犬なんかで悪いなと思ったけれど
だんだん勇気がでてきて自分は今しっかりと生きていると思えたんだ

でもトムちゃんは死んじゃった
仲間のダルマさんやお守り袋はもうどこにもいなくって
瀬戸物のぼくだけが穴の中にぽつんと残されていた
そしてダイヤモンドの犬みたいにぴかぴかしちゃって
ひとりぼっち灰の中にたたずんでいる

ねえ そんなところで煙草を吸ってるおっちゃん
どうして無用のぼくだけがこんなふうにして此処にいられるのだろうか?
見捨てられた哀しみの中にたたずみながら
ダイヤモンドの犬のように身体じゅうがこんなに光って笑っているよ
ねえ 知っていたら教えておくれよ

犬……… 犬……… 犬………  
犬 「犬、犬」と風の中
ひとりぼっちがひとりぼっちとであう熾火の近くで
まっしろい灰のような雪がさらさらと遠方からもたらされ
トムちゃんの愛した犬の鼻面へと雪ふりしきる



 
寝返り自転車

上弦の月は冴え冴えとしてまだ二分の一
早春のつめたい風が人肌を刺して
かなりとぼけた顏をした大きな犬が
倒れてしまった自転車のそばでむっくりと座っている

風がピューピュー吹いて荷物カゴから転げだした手作りの
お母ちゃんのバックの口を開いて路上へ店をだす
「ぼくじゃないよ、ぼくじゃないよ」
そう言いたいけれども喋れない

いきかう人々はみんな一様にのぞきこんで
自転車とぼくとバックの出店を白い眼で見ていくんだ
「ぼくじゃないよ、ぼくじゃないよ、
     つめたい春の風が倒したんだ」と

そう言いたいけれども喋れない
風の中でお使いするお母ちゃんを待っている
とぼけた顏の犬の濡れた鼻に夜の梅一輪がはりついて
寝返りをした自転車としばし春待つ二分の一



 
タルヲシルクラブ

ハイイロオオカミのように
青みがかった消炭(けしずみ)いろのセーター一枚だけで過ごせたら
なんてゴージャスなことだろうか
古ぼけた箪笥の引き出しをグイッとひっばるたびに
カラカラ コロンと音がして
カラカラ コロンと軽快な音がして
青みがかった消炭いろのセーターがたった一枚だけあるなんて

   そのようなことを
   どこかの詩人が云っていたような気がしたけれども
   あれは空耳だったろうか………

髪を辮髪(べんぱつ)の三編みにして尾のようにながく垂らしながら
ハイイロオオカミのように
一生涯をその消炭いろのセーター一枚だけで過ごせたら
なんて豊かでゴージャスなことだろうか
(窓辺のむこうを幻のようなイトトンボが飛んでゆく)
だが 彼らのほとんどは殺されてしまっていて
不毛の地へと追いつめられた
消炭いろの淋しい群れたちではあるが
ぼくは彼らが吠える遠いのろしを今日も聴きわけながら
青みがかったハイイロオオカミのセーターを一枚着込むだろう
だって此処はウルフ・クラブ基地だもの
ポテンシャルな富を知る 
ひそかに喜ぶタルヲシルクラブなんだぜ



 
軒下で

雪ん子降れ
  風ん子吹け
こんなに凍えているけれど
天はほんとうに怒っているのだから
しかたがない
いのち炭焼きの小屋の軒下で
おしくらまんじゅうする雀の子
雪ん子降れ
  もっと降れ
風ん子吹け
  もっと吹け



 
チャンの家

瀝青(チャン)の家を見にゆこう
あんなに小さく
錆びて崩れて揺れている
だが
瀝青の小屋は
オオタカや狼たちが
旅に疲れたけものの道で
ほんの一瞬
身を横たえて眠る家
だからこれ以上近づくな
要するに永遠に

    
*瀝青(チャン)/chian turpentineの略、タールを蒸留して得る残滓。
       チャンの家とは、タールを塗った粗末な小屋の意。




 
コルク栓の巣箱

コルク栓を真っぷたつにして
なかをくりぬき穴をあけ
ちいちゃなちいちゃな巣箱を作ろう

くもの
はちの
かみきりの
てんとうむしの
ほしうすばかげろうの

棲んでいそうな足曳(あしび)きの野にでかけ
コルク栓でつくった虫の巣箱をくさむらへ
そっと仕掛けて帰ろうよ



 
朝日のあたる家

都会だというのに
朝日のあたる家がある
これがわたしの家なのだ
わたしは貧しく
わたしの家はレンガで造った家ではなくて
ダンボール箱に似た家なのだ
だが
わたしの小さな家は
朝日のあたる家なのだ

都会ではコンクリートの大きな家が
小さな藁屋を閉じこめて
太陽を隠してしまう
だが
わたしの小さな家は
朝日のあたる家なのだ

ぽかぽかと温かで
さんさんとした
太陽の光がここにある
太陽を考えるということは
太陽を手に入れることなのだ
わたしに都会は不似合いだけれど
太陽がさんさんと輝いて
風が吹き ときに雨が降るのであれば
ここがわたしの家なのだ



 
悪 夢

真夜中から道路工事がはじまった
くるま社会だから
くるま優先!
朝の五時だというのに
いやになっちゃうな
ぼくも金魚も眠れやしない



 


ここはホホジロの通り道だぜ
金融関係の看板なんて
邪魔くさい罠は外しちゃうから
そら!
高いぞ高いぞ
低くとべとべ垣根のホホジロ                       



 
蟻ん子のはたらき

海に砂がないのはあたりまえだ
土建屋と政治屋が癒着して
お手々つないでつるんじゃって
山をセメントで殺しているからなんだぜ
川をダムで切断しているからなんだぜ
そんなものぶっ壊してしまえ
あたりまえだろ
海に美しい音楽がなくなってしまって
山は息苦しくって泣いているんだ
蟻の一穴でいい
君の一働きでいい
そんなものぶっ壊してしまえ

山は息苦しくって泣いているよ
海も息苦しくって泣いているよ



 
小千鳥の子供

海にそびえたつ栄光のえんとつが
みそぎをすませて折れている
かって龍が炎を吐くように
長くて不気味な首をもった怪物で
物質科学というどうしようもない存在のドラゴンだった

ところが

ある晴れた日の午後五時に
勇気ある一羽の水鳥が飛んできて
しろがねの嘴を武器にした
 
  瞳を
  胸を
  肩を
  翼を
  血を
  肉を
  骨を

えんとつの心臓へぶつけた
一撃をあたえられたえんとつは真二つに折れ曲がって
工場の屋根にむかって砕け落ちていった
白き喪服を着て飛来する水鳥の犠牲によって
ふさがれていた大空の道は解放され
「この地球上にいかなる風が吹かなければならないのか」と
深々と流れゆく赤い夕焼けの空の下
小千鳥の子供たちはガラガラと音をたてて崩れてゆく存在を見た
「大空の扉は開かれたのだ」と

  月が
  星が
  雲が
  風が

ククゥと笑った
小千鳥の子供たちもククゥと笑った



 
光る鳥

光る鳥が飛んでゆくよ
どこへ飛んでゆくのだろうか
遠ざかるように思えるが
世界はまん丸くつながっていて
両手をいっぱいにひろげれば
またいつだってその中へ帰ってくるよ
だから
見えなくなってしまっても
すべてが終ったわけではなくて
ことはゆるやかに進んでいるのだ
たとえうっかり忘れていても
季節という営みの中で
新たかに
生れかわり
しーんと静かに帰ってくるよ
ほら
ね!
また
光る鳥が飛んできたよ



 
聖なる石

死ぬという行為に君はとり憑かれたことがありますか
ぼくにあったといえばあったがないといえばない

………が

こんなふうに死ねたらいいなと思ったことがあった
それは隕石に打たれて死ぬことだった
天の中心からぼくだけを狙って落下してくる隕石の鉄拳
この使者に殺られて死ねるならなんて祝福なことだろうかと
天とぼくをむすぶ一直線の意志

………………………………に

あたって死ねればいいなといつも思ってはいるけれど
天がなかなかそれを許してはくれないのだ

………ああ

だれがこのぼくを石もて裁いてくれるのだろうか
聖なる鉄拳の意志ある石で



 
星となれるのだから

ツーンとしたご婦人方や
灰色の服を着た紳士たちは
おれのことを教養なきゴリアテと呼ぶが
そんなことは甘んじてうけよう
ニコラ・ニコというおれは俗物かも知れないが
ジジやベッポ
モモがそばいてくれるのだから
明日は
ゼクンドゥス・ミヌティウス・ホラの
ほら?
ね!
機械音のない国へ果てるのだから
インテリゲンツェンなカシオペイア座のそばの三角座の
奥で光っている星となれるのだから



 
骰子橋界隈

きゃつらときたら まったく杖の好きな連中で
暇さえあれば杖のはなしばかりをしている
大納言は金銀鈕荘唐御杖刀(きんぎんでんそうからのごじようとう)がお好きで
小納言は漆塗鞘御杖刀(うるしぬりさやのごじようとう)がたいそう気に入っている
また 中将は呉竹鞘御杖刀(くれたけのさやのごじようとう)で
博士は 玳瑁八角杖(たいまいはつかくのじよう)がお気に入りのようだ
もちろん あの方は玉杖(ぎよくのじよう)がお望みだけれども
まだ誰もそれらの杖を持ちあわせていないから
きゃつらとあの方は石のように重くて大きい正倉院の巻物をただかかえ込んで
われわれのまわりをうろうろとしているだけだ
われらは母の大切な尾鰭でつくった鮫皮の杖を持っているために
きゃつらは「北倉」だの「中」だの「南」だのとうるさくてかなわない
われには卯杖(うづえ)というどこにでもある粗末な椿の木でこさえた尾ッポがあって
そんなものでも悔しいのか われが通るときゃつらやあの方は石をなげる
だが われには魑魅魍魎をはらう卯杖という素敵なステッキの尾があって
尾ッポをくるくると回せばそんな石などいっこうにかまわないが
兄様や 姉様 弟たちは
母の大切な尾鰭でつくった鮫皮の杖を持っているために
きゃつらとあの方はその杖が欲しくって欲しくってもうたまらなく欲しくって
それでもって兄弟たちが弓矢で襲われるのが悔しくてしかたがない
われはひねくれ者の天ン邪鬼(あまんじゃく)育ちの木偶ノ坊阿弥(でくのぼうあ みみ)だから
鮫皮の杖なんぞとうにあぶって醤油付けにして喰ってしまったが
いまでは水司(みずつかさ)を装っているから大丈夫であるが
母の鮫皮でできた杖を持った兄弟たちは
ただ美しいと云うだけの杖なんかじゃない牙を持っているのだから
本当はよく斬れる直刀の仕込杖を隠し持っているわけなんだから
かぶっと一口にやつてしまえばいいようなものの
なかなかまったく いらいらするほど優しい一族なのだ
骰子橋の下でわれは清盛殿に拾われて育てられたから大丈夫だけれども
いまは水司魚麻呂(みずつかさのうおまろ)を装っているから当座の間は大丈夫だけれども
母が亡くなってからは最近 なにかがどうもいけなくなった
椿の尾がだんだんと短くなって 自然 鮫皮の尾がまた生えてきた
兄弟たちとおなじぐらい立派な仕込み杖にまで成長してしまったから
兄様や 姉様 弟たち同様に
もう陽のあたる坂道をわれも歩くことができなくなるだろう
舶来のミネラル・ウォーターがこんなにも売れちゃって
水くさい井戸水は用済みになってしまった
水司の職もこれで万策つきて はや「ご用済み」とかや
兄の金銀鈕荘唐御杖刀 姉の漆塗鞘御杖刀 弟の呉竹鞘御杖刀
妹の玳瑁八角杖などみな略奪されてしまうことだろう
そのまえに われら一族皆殺しにされるまえに
かぶっと一口にやってしまえばよいようなものの
おれたちときたら いらいらするほど優しい郎党なのだ
「やりたいようにやらせておあげ」と 海の母の声が聞こゆ
われの尾の卯杖はもうすっかりと玉杖を整えてしまった
あの方 つまり清盛殿が欲しがっていた玉杖だ
父を殺すか… 海へ還るか…
「やりたいようにやらせておあげ」と ふたたび海の母の声が聞こゆ
清盛殿の御一門とはおそかれはやかれ壇ノ浦の合戦でまためぐり逢うのだから
やれほれ 残酷無残やな! ほれほれ
「いずれ海の真底にてわれらが宝となる日もまたあろうに」と 海鳴りが声する
それまで待とうぞほととぎす



 
犬とオオカミを区別できなくなる
        きわめて危険な畦道の野菊を踏みつぶしながら


二上山の峯へ沈みゆく日輪と
それ! 
かけっこだ
畑をぬけ
工場をさけ
あぜみちを突っ走る
ぼくと
友人と
その影よりも加速する日輪のやつ
はやいな
速いぞ
時はあんなにも走っている



 
狼の店

無人のお店
とまと百円 かぼちや百円
だいこん百円

きゅうり百円
にんじん百円 くり百円
なんでも百円

いないないばァの
竹筒金庫だけが置いてある
路傍のお店

繁盛暇なし
留守をあずかる大口真神は
じろじろりん

ちくしょうが札
風に震え 人間に代わって
心まめやか
          

    
*大口真神/秩父三峯神社の神使である山犬(狼)のことで、この「神獣」の札を門戸
      に貼れば火難・盗難の厄除けとなる。他に、武蔵御嶽神社にもこの信仰がある。




 
浮世騒動

襤褸の男が
手にパン屑を持ちながら
日向ぼっこをしている
襤褸の男が手をふるたんび
鳩が群れて飛ぶ
すると鳩を狙う猫がやってきて
つぎにその猫をいじりたくて女がしゃがむ
女がしゃがめば男があつまり
軽自動車のラーメン屋が繁盛する
突然!
ラーメン屋に気を取られていた自転車乗りとタクシーが激突する
警官がやってくる
パトカーがやってくる
救急車がやってくる
なんだかとても騒々しくなって
鳩は
猫は逃げていく
襤褸の男が
ひと知れずに蒔いたパン屑がもとの
われらが身の前は露ほどもわからぬぞ白菊や
やれ命の騒動



 
慈 悲

仁王にむかって
紙を咬んでふきつけると出世する
そんな話をききつけて
近くの公園から二、三人のホームレスがやってきた
威勢よく紙を咬んでふきつけていると
「喝!」と
なにかが頭上から落ちてきて一人へ当たった
見るとホームレスたちが食い散らかしたシャケ缶の空缶で
仁王門の屋根の上からカラスが落としたものだった
そばにいた男どもが胸を張って愉快に笑った
カラスがクワーッ クワーッと鳴いた
すると男達の暗い顔が
皆いっぺんにカラッと輝いた



 
すゞめ

公園にのこりもののご飯が置いてあった
お天気がいいのでぼくは無意味な本を読んでいた
四、五羽のすゞめたちが舞いおりてきて
すぐに飛び去っていった
やがて大勢の仲間たちをつれてきて
こつこつと仲よくついばみはじめていた
子すゞめもついばんでいる
ハクセキレイもやってきた
ハトもそっとやってきた

みんな仲よく行きわたって
みんな仲よくついばんでいる

公園にはテニス・コートがあって
ちいさな建物が立っていた
近くでは寒さと空腹にのたうって
丸くちゞこんだホームレスがひとりいる
突然! テニス・コートから甲高いわらいごえが響いてきて
安いシャンパンの蓋をいくつもあけたときのような
そんな鈍いテニス・ボールの音がした
青空をゆく軟式の飛行船はさっきよりも進んだろうか?
………会社は安易なリストラなどをせずに

仕事を分け合い
給与を分けあい

ここにいるすゞめたちのように
小鳥たちのように仲よくついばんで
ちいさな子すゞめも安心してついばめるよう
お手本を見せてほしいな
松の枝にはさっきから黒いカラスが止まってこちらを見ているが
乱暴はしないようだ
彼には彼の尊厳があって
じっとこちらをうかがってはいるけれど
米粒まで漁ってやろうなんてことはしないんだ

彼には彼の黒い尊厳があるからで
すゞめたちはあのようにして生きていられる



 
チ ビ

一九九五年の阪神大震災から十年
チビという名の老いた柴犬が
いまも飼い主を求めて遠吠えをするとかや
三歳で拾われて
すでに十三歳の老犬となりぬ
いまだにおちつかず
眼もかすんでいるとかや
チビという名の老犬よ
むかしの飼い主と遇えるといいな
いまの飼い主さんと一緒にみんなでまた遇えたなら
おもいきり尾をふって
きっと胴を波打たせながら
あのころの三歳へ駆けて還れるだろうに
チビという名のワン子よ

  チビ
  チビ

  チビ助!

はやく遇えるといいな
愛する人たちと別れ離れの君も




 
ノストス

母の
そのまた母の乳房のような
円墳に
つめたく眠るわが友よ
草にうづもれ忘れさられて
部下も埴輪も白銅鏡もなにもなく
剣と兜とを枕辺へ
卜(ぼく)の文字(もんじ)にならべ置き
くずれかけたる老婆のような
母の
そのまた母の乳房のように
涸れてしぼんで眠れしわが友
嗚呼! あわれ切なき路傍の草枕
足は
手は
腰は三重にまがりし魑魅の黒蜘蛛
大きな口を開けている
大きな目玉が光ってる
ああ!
二度と故郷の土よ
のすとす
踏むことはなしの異国



 
余 情

なにもなき部屋の
しろし壁の
窓の
外の
月の下の
家の
中の
なにもなき部屋の
しろし壁の
床の間の
軸の
中の
金の銀の
箔の
上の
墨跡の
余白の悲しみ



 
欲の典礼

散歩の途中に三毛の猫がいた
空口笛を吹いたが歩道にじっと座ったままであった
そんなことがたびたびあったある日
突然! かの三毛がどこからともなく跳びだしてきて
ぼくの足元へ尾を巻きつけながら
どこまでもついてきた
しぐさがあまりにも可愛かったので
ぼくは立ち止って撫でてやった
もうそれからは空口笛を吹けば必ず跳んでやってきた
そのたびごとに立ち止って撫でてやった
そんなある日 
牝猫であった彼女がぼくの膝の上へ這いのぼった
彼女のやりたいようにやらせてあげたら
爪を立てたり尻をつき立ててこちらへさかんに見せびらかしていたが
やがて膝の上でじっとしているようになった
ぼくはなにも考えず 余計なことはなに一つしなかった
尻と尾のあいだへ手を差し入れたまま
猫が居たいだけ居させてあげた
まるで幸福な恋人どうしになれたと思って
欲をだして可愛がってあげようと思ったとたん
猫は遠くへ逃げていった



 
仁 義

いのししの歳に生まれの兄ちゃんが
いのししの鍋を喰っている
武蔵が国の狩人に
おれはしとめられてしまったけれども
狩人のなかには散弾銃を使って
かまわずに打ちまくる
やめてほしいな
せめてライフル銃の一発で
「ドン」とこの心臓を射ぬいてほしい
アルゼンチン草原のレア猟のように
逃げおおせる可能性をもたせてほしいな
それが仁義というものじゃないか
のう
いのしし生まれの兄ちゃんよ
貴様のことだぜ
女と一緒に俺をぱくぱく喰いやがって

    
*レア猟/石にひもをとりつけた狩猟用投石具を使って、鳥や動物にからませて捕獲す
      る。




 
不法投棄

「お使いいただけ
る様でしたら
お持ち下さい。」と

デコラ張りの鏡台
枯草のなかに打ち捨てて
落とし文一枚貼る女

ぬけぬけと暗闇へ溶け

従える夜

のふくらはぎ白く
蟷螂(かまきり)の巣
じわじわと破れたり



 
平々凡々の奇蹟

ぼくたちはあたりまえの日常に恵まれすぎていると
見えるものも見えなくなってしまう
こんなことはだれもが知っていると思いたいが
案外と忘れてしまっているんだ
すると心が知らず知らずぬるくなって
ほんとうに大切なことが何もわからなくなってしまうんだ

わたしたちはあたりまえの日常に慣れすぎてしまうと
聞こえるものも聞こえなくなってしまう
そんなことはだれもが知っていると思いたいが
携帯電話のほうがいまは大切なんだ
すると心が弱ってしまってふぬけになって
ほんとうに大切なことが何もわからなくなってしまうんだ

どんなに平凡な日常であっても平凡じゃなく
どんなに過酷な日常であっても苛酷じゃなく

ぼくたちはいつだって愛の極みを歩いているんだ
わたしたちはいつだって愛の極みを歩いているんだわ

そうしているとどこからともなく風が吹いてきて
魔法をおびた白い雲が鳥のかたに膨らんでは消えてゆく
空はまぶしくってサングラスをかけたくなるような太陽の中にあっても
ぼくたちはわたしたちはサングラスをかけないでいようよ
だって平々凡々の奇蹟の中で
ふたりの視線がはじめて出合ってぶつかる日だから



 
桜散る色の

いま おまえたちは何を見ている
おまえたちの眸には
たしかに
おれが映ってはいるが
おまえたちはいま 何を見ている
おまえたちが見てきた夢は
いったい何んだったのだろうか
おれたち人間はおまえたちの夢を喰らい
それぞれの町に生きて
それぞれの夢を見ながら
それぞれのいまを生かされている
そんな人間であるおれの夢が
はっきりとおまえたちの眸に映ってはいるが
おまえたちはいま 何を見ている
おまえたちが見てきた夢は
いったい何んだったのだろうか
桜散る色のおまえたちは
肉屋の鉄鉤にひっかけられて
冷たい眸へ 今日
おれという人間を映してくれている



 
犬の首輪

ぼくの名前はコロです
足腰の弱った老犬のコロです
このところおっちゃんとは会わなかったけど
きてくれたんだって
こんな年の瀬のどんずまりに
だけどぼくはいなかった

ぼくがいつもつながれていた倉庫の前を
おっちゃんがぶらぶらしているものだから
ぼくんちのお母ちゃんが怪しんで
外階段の奥にある扉から顔をだしたんだよね
「コロはいないんですか」って
おっちゃんはぼくのことを気にかけてくれた

だけどぼくはいなかった
ぼくはお母ちゃんの口を借りてしゃべったよね
「どっかへいっちゃった」って
そしてもっとしゃべりたかったけど
お母ちゃんはそれ以上はしゃべらなかった
で ぼくは風の力を借りておっちゃんに話しかけたんだ

   おっちゃんはたびたびやってきて
   お太鼓橋のようになってしまった背中やお尻をなでてくれた
   そのたびごとにおっちゃんの指はねばっちゃったよね
   だってお風呂へも入っていなかったし毛も抜けていたから
   でも「コロ、コロ」って言ってごりごりなでてくれた
   ぼくうれしかったよ
   だからおっちゃんがやってくるとね
   自然 力がわいてきてよっこらしょと立ち上がれたんだ
   首は上がらないからうなだれたまま尾ッポだけをふりふり
   よろよろ ふらふらと ベ子のように歩くんだ
   ところが団子になってしまった鉄の鎖はみじかくなっていて
   すぐに首が苦しくなっちゃう
   水だって飲めないことのほうが多かったんだぜ
   おっちゃんはそのことを知っていて
   いつだって洗面器の中の水を一番に飲ませてくれた

   ところで散歩のことなんだけど
   倉庫の影になったひんやりした隅で
   朝も昼も夜もずっとこうしてつながれたまま
   冬なんかひとりぼっちでまるまっているだけなんだ
   そりゃぁたまには散歩の日もあるけれど………
   そうそう 散歩の日に家出をしたんだ
   ある日 ぼくがいつまでたっても動かないもんだから
   散歩用のリードと一緒に倉庫の前へほったらかされたんだ
   これはぼくの最初からの計画でね………
   つまりここから先が大切なんだけど
   ぼくはあんな冷たい倉庫の前で
   団子になった鎖につながれたまま死ぬなんてまっぴらだった
   で脱走を思いついたんだ
   カラスに食べられようがどうであろうが
   草のある処で眠りたかった

おっちゃん ありがとう
倉庫の裏にお寺のお山があるだろう
足腰の弱いのをみんなが知ってて裏山は捜しちゃいないんだ
そうそう あそこだよ
いつだったかホームレスの男がビニールの城をかけていただろう
それから少し上へのぼったところで眠っているんだ

白い雲が浮いていて
空にいい風が吹いているよ
太陽は黄金色にきらきらと輝いていて
ぼくはうっとりと眠くなる
まるでおっちゃんに尻をごりごりとなでてもらったときのように
ぼくはとても眠くなるんだ

おっちゃん ほんとうにありがとう
だけどぼくのことは捜さなくっていいよ
ただ こんど近くを通りかかったらね
リードがついたままの首輪だけは外しておくれ
たぶん もう 
首から首輪は外れちまっているだろうけど



 
足のない鳥と茨木童子

足のない鳥族を雲のむらがりに見た
彼らは繁栄から見捨てられ
籠にいれられて庇護されるというこそくな手段から
あえて
足を切断されながらも
空を飛ぶという
ごくあたりまえの権利を獲得した
血まみれて空を飛ぶ自由を

ずきずきずきずき ずきずきずきずき
彼らの鋭い痛みがおれを引き止どめる
足を切断された足のない鳥族よ
流れているのはおまえたちの血であって
おれの血ではない
おれの血ではないのに
ずきずきずきずき ずきずきずきずき
おれの遠い記憶がずきずきぶるぶるとふるえだす

ずきずきずきずき ぶるぶるぶるぶる
おまえたちは腕のない鬼とおなじかもしれないが
おれのように堕ちてはならない
おまえたちは永遠に飛びつづけなくてはならないが
おれのように堕ちてはならない
おれはおまえたちがこの地上へ残していった鳥族の
青い卵を空へ返すために
胸で温めつづけている茨木童子なのだ



 
シベリアの空


おもしろければいい
たのしければいいなんていうけれど
そんなのはうそっぱちなんです
テレビをつければお笑いばかりで
ばかみたい
けものたちはいつだって
じぶんの食べものが残ったって
ふろしきづつみにつつんで持って帰りはしないのだ
生きのびるということはとてもきびしいのです
ほら 空をごらん
渡り鳥はなにもたべずに
笑いもせずにシベリアの空をとんでゆく
とぶということだって
地上でながめるほど楽じゃないのだ
雪もふってきたし
とんで とんで とんで



 
ハンカチーフとうみねこ

海の潮風に吹かれて
ベランダに干してあった白いハンカチーフが一枚
もう手のとどかないところまで舞い上がってしまった

そんなふうにして飛びつづけるうみねこのやつ
なくしたものとやってきたものとの違いなんてわからないけど
どちらも眺めているだけで元気になるんだ



 
途上にて

人生という旅をしつづけていると
いま自分がどこにいるのかわからなくなるときがある
白い張り子の大きな象が置いてある寺へ行って
納骨堂のあたりを歩いていたら
伽羅のいい匂いがしてきた
ああ 自分はあたたかなものに包まれながら
こうして時を生きているんだと
あたりまえことであったが
なんでもない発見をしてうれしくなった



 
乳も蜜もなくして

巨象の下を人間がはじめて駆けぬけた日のことを
聖なる四本の門をくぐりながら密約した徳を
天と地の間でかわした動物と人とのはじめてのキスを

営みを……… 

ところが乾いた摩天楼の荒地には人間しかいなくって
約束された動物の肉も乳も皮も温かさも
植物の香りも実も蜜も球根もみんな失くして



 
民族のおんがくのように

ぼくたちのながい出会いには
悲しいことや
醜いこと
嘘をついたり裏切ったこともあったけど
たとえば民族のおんがくが
かたちをかえながらいろいろ伝播して
メロディーや歌詞が
さまざまに歌われていったとしても
やがてはまた
遠いむかしのおんがくへ戻っていくように
ぼくたちの出会いもまたそうあれば
ね! おまえ 
そうあればいいと願っているんだ



 
ハンディ・ダンプティ

みすぼらしく汚れたからといって
どうかわたしを叱ったりしないでください
生きるってことは
ときに汚れることなんです
命あるかぎり
思いがけない明日の出来事で
こんなふうに汚れちまって
こんなふうに壊れちゃう
でも いままでどうりに撫でてもらえれば
汚れはかすかな光をまたおびて
あたらしく生きる力も湧いてくる

いつからだろうか
鼻の頭はすっかり渇いてしまったけれど
ふさふさとしていたシッポの毛は手放してしまったけれど
がっかりしないでともに慣れ親しんではくれませんか
まだまだともに生きてはもらえないでしょうか
「あなたを愛しているわ」と
あのかたがあなたにそうするように
もうすこしだけ近くへ寄ってはくれませんか
背が低くて不器用な
わたしはハンディ・ダンプティ
あなたよりずっと短い命なのだから



 
影を走った白い犬

遠い日の母さんによく似た
白い綿毛の雲のやつ
どんどんと 逃げてゆく

太陽がつくってくれた母さんの影の中を
黒い足跡だけを此処へ残して
ぼくは走って 走って


               「灰とダイヤモンドの犬」全43編  おわり

                
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