POETRY DIARY
Gynecology-DoctorK.I.へ献ず

白 夜


 此 処

風が吹くと
雲が走り
雲が走ると
雨が降り
雨が降ると
草が波うって光が変わる
すると
台地が変わり
君の顏が変わり
ぼくの心が変わる









テレビジョンなんかより
おもしろい物語が
愛が走るよ



 
恋人たちの季節

あのひとから
あまい
恋の
てっぽうだまが
とんできた

ああ

今日は
ヴァレンティヌスが処刑された
「ユノの祭日」なんだ
春 
少女から



 
傷と赤チンキ

1 海

美しい娘から
バレンタインデーの戦利品がない年は

ちょっと大人ぶって
塩辛い海の匂いのする

ヨードチンキのような液体の
アードベッグか

バランタインのスコッチを
ぐいっと壜の底がぬけるほど飲みほして

目にはみえない傷口をあざわらい
磯の香りをいつくしむ


2 空

男の子にとって
バレンタインデーなんて付録の日だから

「飛べ 飛べ」と
空を飛ぶカモメのように

ちっぽけな岩礁から立ち上がり
美しい雲へむかって

美しい娘へむかって
一人きりで不器用なカモメであっても

最初のステップを踏んでみようよ
世界はそれを待っているから


3 愛

傷と
赤チンキと スコッチと

海と
空と ホライゾンと

娘と
ぼくと ダンスと

雲と
カモメと 風と

みんな一緒に
みんな元気に 躍ろうよ



 
竹を削る少年

アマン・ジャックが竹を削っています
なにを作るというわけではありませんが
いつも竹を削っていました

お父さんはいますが
お母さんはいますが
アマン・ジャックは孤独です

家の近くには
崩れかかった〈鳥塚〉という円墳の丘があって
そこに座っていつも竹を削っていました

竹には柔らかくて削りやすい身と
堅くて削りにくい節があって
小刀よりもよく切れる皮があります

そんな竹を無心に削っていると
お父さんのことを忘れ
お母さんのことを忘れ
自分のことも忘れてしまいます

風が吹いています
雲が流れています


   ある日
   北の谷から白い服を着た女性の一団が
   アマン・ジャックのまえを通りすぎて行きました

   風が吹いています
   雲が流れています
   削ったばかりの青い竹が匂います

   白いふしぎな服を着た一団は
   一昨日も 昨日も そして今日も
   〈鳥塚〉のまえを通りすぎて行きます

   それでもアマン・ジャックは竹を削っています
   そよ風が裳裾に孕んで女たちを舟のように運びます
   削ったばかりの青い竹が匂います


幾日かたった午後
アマン・ジャックが昼寝をしていると
口笛が聞こえてきました

くり返して響てくる口笛の旋律は
しみじみとした陶酔感があり
とても淋しいものでした

目をつぶったまま口笛を聞いていると
柔らかな靴音がアマン・ジャックのそばへ近づいてきます
寝返りをうって知らんぷりをしていました

天空からは布の音だけがぱたぱたと泣いています
アマン・ジャックが目をあけると
白い服の女性たちがそこに立っていました

輪の中心には蟻のように痩せた背の高い美しい人がいて
頭の上にのせていた荷物を〈鳥塚〉の丘へ……
クローバーが群生している葉の上におろすと
うす汚れた白いスカートの大きなポケットから
アマン・ジャックへなにかを手渡しました

「硝子の欠片だな!」と思いましたが
大きなかたまりの氷砂糖でした
背の高い女が口笛をまた吹きました
ほかの女たちも口笛を吹きました
アマン・ジャックはなにか言うつもりでしたが……
みんなはもう南へむかって歩いていきます

風が吹いています
雲が流れています


   アマン・ジャックは竹を削ります
   さっきもらった氷砂糖をなめながら
   背の高い女のそばにいた少女のことを考えました

   かたい節はお父さんです
   やわらかい身はお母さんです
   小刀のような皮は自分です

   風が吹いています
   雲が流れています
   削ったばかりの青い竹が匂います


こんど〈鳥塚〉の前をあの一団が通ったら
アマン・ジャックの“家族”を削りだしたこの竹を
氷砂糖のお礼にあげようと考えていました

しかし 白い服を着た少女たちは
口笛は……
もう二度と北の谷からはやってきませんでした

アマン・ジャックは竹を削ります
なにを作るというわけではありませんが
無心になって今日も竹を削っています

お父さんはいますが
お母さんはいますが
アマン・ジャックは孤独です



 
巣箱のなかの蛇と小鳥と母鳥と

口の中が真赤に錆びてしまった少年が
そのまま大人になってしまうと
台所のそばにあるマッチ箱のような寝台で
子持ちの女を誑かし
白い皿をぴちゃぴちゃと音をたてながら
まるでミルクを舐める子猫みたいに咽喉を鳴らし
甘い汁をひとりじめしたくなる

白い皿の上のサクランボの実は
もともとがその女のこどものものであって
こどもが舐めようとすると
男は虎の威をかぶったドラ猫となり
ひ弱い力を一層に鼓舞して
うす汚れた剛毛をおっ立てながら
その針の毛で一晩中母と子をいたぶりはじめる

母である女も自分のこどもがいたぶられているのか
そうでないのかがわからなくなってしまって
淫らなベットからぬけだしては
迷子になってしまった我が子を執りなし
うつ伏せに横たわらせておいてから
柔らかいソファーにでも座るように男と一緒に尻を乗せ
泣いてチンピラな野郎と酒を飲む



 
君は君だけの君

か細い牙を持った少年たちよ
つまらないことで
その牙を無駄にするな
だってほんとうは
細くったってぴかぴかの牙なんだぜ
おとうさんやおかあさん
きみのともだちや弱いものにむかって
牙をむいてこっそりと吠えるんじゃなく
強いものにむかって吠えてみろ
えらそうな奴だって弱いんだ
ほんとうはいつもびくびくしているのだからな
恐れることなくがぶっとやってしまえ
口の中が青白く錆びてしまって
ひえっひえっとしか笑えない少年たちよ

  牙をみがけ
  口をあけろ
  そしてもっと力をつけ
  骨を太らせ
  知恵をつけろ

きみはきみなのだから
か細い牙を持った少年たちよ
ぴかぴかの君は君だけの君なんだぜ



 
悪い記憶を絨毯の下へ祕すな


起(た)ちて
舞え

君の弱みは
君の強みなのだから


起ちて
舞え



 
別の街角

あむち異国の街角にて
白いめりぃくりすますに酔う
あなた………

ほろほろはらり
こむちわたしが過ごす
別の街角



 
自由、夜

メルが旅をしています
朝の光のなかを歩いています

オレンジの畑がありました
メルはこのオレンジが大好きです

「だって小さな太陽だもの」と
熟れたオレンジをもらってどこまでも歩きます

すると男の子が昼寝をしています
モンタンです

メルはモンタンの横でしずかに昼寝をしました

しばらくするとモンタンが目を覚まして靴下をはいています
メルもつられて目を覚ましました

ふたりは笑いながら
ひとつのオレンジを仲良く半分ずつ食べました

メルとモンタンは腕を組みながらオレンジのように歩きます
コロコロ、コロコロ、コロコロコロコロ

コロコロ、コロコロ、コロコロコロコロ
午後の五時、光は少しづつ夕ぐれてゆくフクロウの聲

黒い森をぬければ……

海辺には壊れかかった貸ボート屋があって
森で拾ったカシの木に白いワイシャツと赤いスカートを風に孕ませ

メルとモンタンは裸のままで抱きあいながら
青いペンキの小舟を白と赤とで艤装する

ヨットはゆらゆらと揺れ、二人もゆらゆらと揺れ
暗い海の果てを柩のような、揺篭のようなもので船出する

今朝とは違った新しきオレンジの光へむかって
自由、夜を旅します



 
素顔の君と裸足のぼくと

雪が降っていた短調の夜
「おかえりなさい」と言ってくれた
君がどんなつもりで言ったかは知らないけれど
ぼくは素直に「ただいま」と言った
人はいつでも他人同士の悲しみに
君の言葉は素顔だった

その人の音節を噛みしめて
雪の原へ落してきた紅いルビーの忘れ物はもう捜さずに
汚れてしまった黒い翼の外套は暖炉へ投げすて
鉤爪になってしまった氷の足からブーツを剥ぎとる
そして 素顔のままでいる君へ近づいて
ぼくは裸足になった

素顔の君と 裸足のぼくと

二人はミレーの描くオフェリヤのように
お風呂の柩でぷかぷかと遊んでいるうちに君は眠ってしまう
しかたなく裸の君をベッドまで運んでいって寝かせ
本を読もうとしたが部屋が暗いので白い蝋燭に火をつけてみる
すると蜜蝋燭の蜜と芯がじりじりと仲良く燃えはじめ
かたくなになっていた根雪が溶けてゆく

素顔のままの君は春の小川となって
あたたかな川の上を飛んでみる裸足のぼく

だれかが海女小屋のそばに置いてあった自動販売機で煙草を買った
「ガチャン」という金属音でぼくたちは深い眠りから覚め
そまつな壁の隙間から暗い水平線を眺めてみる
「雪はまだ降っているよ」と君にささやくと
こんな夜だから「また、飛んで」と唇から洩れる音節
飛んで! 飛んで! 飛んで!



 
雨のシンバル

こんな冷たい雨が降る朝は
むかし別れた男が帰ってくるよ
うそつきで薄情な男だったけれど
トカゲの靴が似合う男だったけれども
脚をひきづりながら
心と身体にうす汚れた繃帯をぐるぐる巻いて
このわたしに逢いにくるよ

わたしは雨の見える窓辺に座りながら
その男があたたかな洞窟の中でいつの日も歌ってくれた
ウィッシュボーン・アッシュの「百眼の巨人」に
こうしてすっかり見張られていて
化身アーガスの叩く鉄のシンバルが
ちかちかと身体じゅうの穴をめがけてトゲを刺す
幾千幾万本もの雨の針音に泣くイバラ姫

ちかちかチカチカ ちかちかチカチカ
くぐもった硝子窓へ付着した分身のように
心と身体にうす汚れた繃帯をぐるぐる巻いて
雨の涯から別れた男が帰ってくるよ
わたしにだって
シンバルのような雨が降りつづいているのに
雨はやさしく歩いてくるよ



 
空っぽの小箱

古道具屋でみつけた花のかたちの密かな小箱
そのなかへわたしは閉じこもって
これ以上はもう壊されたくないから
これ以上はもう人から傷つけられたくないから
わたし好みのリボンがついた
やわらかな包装紙へ自分をしっかりくるんであげて
内側からそっと金の鍵を掛けてみる

なんて美しく咲くわたしだけの花
蝶にだってあなたにだってあげたくはない
ぎゅっと抱きしめたまま
変化しないで咲いていたいから
暗くて冷たい安全な場所へいつまでも置いておく
密かな小箱はぴかぴかと光っていて無傷だから
安全のためには目が離せないの………


こんなこと なんて愚かなことだろうか
君は君だけの大切な君ではあるのだけれども
古道具屋でみつけた美しい小箱は
そっと蓋を開けてみて
ボンボンかキャンディーでも入れてみようよ
そしてお友だちに蜜をキャッチしてもらおうよ
中身は当然なくなっちゃうけれども

それでも最後の一つは硬く握りしめないで
かたわらにいる人のために包装紙をつましくむいてあげようよ
満ち足りながら蜜を舌の上へのせてあげようよ
そりゃ時にはかぶりと噛まれることもあるだろうが
それがまたじつにおもしろいんだ
それこそが君にとっての出来事で
それこそが人生一番の出来事て言うやつなんだから



 
雅楽多屋のすゞしきお茶碗
 
欠けたお茶碗やお皿があんなにたくさん並んでいる
きっと雅楽多屋さんなんだろう
役立たずのようではあるが
それでもじっと静かな時間の中で
だれかの贈物となれる日を待っている

わたしたちのいる場所もたえず不安定で
よく見れば
本当はあんなふうな格好をみんなしているんだろう
美しく着飾ってはいるが
やさしく触れあうことができずに衝突しているからなんだ

ウインドーのこちらは喧騒に満ちた社会であっても
ウインドーのむこうは沈黙の世界であり
自分のうけた深い傷とむきあいながら
傷口をじっと見つめて誇らしく
だれかの贈物となれる日を待っている

自分にあたえられた言葉と
自分にあたえられた傷口とを差し出している
自分も雅楽多屋さんのウインドーに並んだあの欠けたお茶碗とおなじであるが
指先で弾かれればまだまだすゞしく響き渡るお茶碗であって
自分もだれかの贈物となれる日を待っている



 
生きて

どうしょうもなく自分がつまらないやつで
芥子粒のように小さな生き物だと思う時がある

   (もう)そうとしか考えられず
   ゆく場所を失くしそうになってしまうと
   風に吹き上げられたビニール袋のようになって
   ボクはあてどなく歩く

暑い夏の日であれば
水菓子のように透けた蝉が一心不乱になって
体液をおくりながら脱皮している

寒ざむしい冬の日は
長い尾を鈴のように震わせて近づいてくる猫が
冷たくなったボクの足元を凛とした尾で温めてくれる

なんてやさしくて
なんて愛おしく
なんて美しいのだろうか

秋であってもおなじことであり
春であってもおなじことである

こんなふうにして別の世界とであうたびに
ボクはゆっくりと
生きていつもの地上へと降りてきて
この街をまた生きてゆく



 翼あるもの

ハタハタとした翅音のうなり
チッチッと鳴く清々しい聲
閉ざされて
社会という制約のなかで生き永らえて
硝子箱でできた巣箱から
ふと外をながめれば
つがいだろうか 
二羽のメジロがそこにいた
見つめれば
小鳥たちはぼくに光を見せてくれる
目をすがめつつ近づいて 
近づいて 近づけば
翼あるものたちはハタと飛ぶ

大胆にも
小鳥たちは天使の頭上を走った
天使がいう「こんにちは翼あるものたちよ!」と
すると二羽の小鳥たちは
ぼくとおなじような硝子箱の中で泣いていた
不器用な天使を憐れんで
彼女の頭上近くへとどまって飛翔する
天使は青みがかった硝子箱の中心に佇んで
クルと軽く回転しはじめ
クルと強く回転しはじめた
その夜
激しい雨と閃光が駈けていった
翼あるものたちよ! ぼくは羨ましい




 
白 夜

暑いわよね
ええ 暑いわ
ナタリアからの手紙によれば
ペテルブルグに雪が降ったとか
あら! うらやましい

帰りたいわよね
ええ 雪降るペテルブルグへ
雪のひとひら願いつつ
帰りたいわ と
似たる子らがささやく

七体のキュートな女の子たちは
売られ
異国の飾窓へ飾られて
中の
真ん中の
四体目の少女が
右を向き
左を向き
今日も泣く

金の頭巾で呪物する
ぼくの赤いマトリョーシカ



 
いっぽ、にほ、三歩

いっぽ
にほ
さんぽ

くろねこみっけ

あっかんべー!?
あっついのでちいこいベロ
ハッハだしてござる

おや
タバコすうたか



 この世ならぬもの

ヤスナリ・カワバタが云った
「トンネルを抜けると
   其処は雪国であった」 と

「行くべき処へ
   ゆけゆけ、お馬」
これはだれであったろうか?
嗚呼! そうだ 
ジャン・コクトーの映画
『美女と野獣』のなかの台詞だった

「鏡よ鏡
   世界でいちばん・・・」
あッ! これはどうでもいいや


お馬もオートバイも
軍艦も機関車も
人魚も騎士も
野獣も魔女も

厭うべき日常の
乃至は現実の
枷(かせ)や軛(くびき)から
   なにかを解放してくれるもの



 
汚れた白鳥

鎖のついた金の王冠を
首にはめられてしまった白鳥のいる
白鳥

看板が掛かっているパブ

安い酒を飲む男たち

男たちは
鎖のついた金の王冠を
首にはめられてしまった白鳥のように
日常という湖で溺れながら
どぶり
魔法? を 
かけられていた

午後五時

サイレンが鳴る
すると男たちは酒を飲みに
鎖のついた金の王冠を
首にはめられてしまった白鳥のいる
パブへやってきて

鎖のついた金の王冠を

そっとはずしてくれそうな
女を
黒くうす汚れてしまった利きの手で 
「もう一杯!」

グラスを強く握り絞めながら叫んでは
うらうら待っていた

鎖のついた金の王冠を
首にはめられてしまった女たちと

鉄のベッドで

鎖のついた金の王冠を
首にはめられてしまった男たちが

下衆に眠るとき

愛してる
愛してない
愛してる
愛してない

魔法はげろげろ汚れちまって
また 安酒に溺る



 
G線上のアリア

港で拾った
ギターをつま弾く

Gのガットは
くたびれたストッキングのようだったが

Gの音は
なだめられ

美しきアリアを
泣! 歌う



 
O嬢の梟頭巾

驟雨だ!
身近な場所へ駈け込んで雨宿りする
(おや? 君)
うす暗い隅っこに一人のマドモアゼルが立っていた
じっさい困りますねと訊ねると

ええ 困りますわ
ほんとう 困りますと云った

その人は
見覚えのある黒いメゾンのビニール袋をバッグから取りだすと
アールヌーヴォー式の金文字が刷ってあった箇所へ
爪を立て
引き裂いて穴を空け
シニヨンスタイルの頭からすっぽり被ると
私 お先に行きます アデュと瞳だけで物語ってから
激しい雨の中を駈けだしていった
マドモアゼルの白いブラウスに雨がつたって
濡れて 透けて 溶けて
そして消えた



 
ふたつに一つ

アンドレイ・タルコフスキー監督の映画
『ノスタルジア』にでてくる
ローマはカンピドリオ広場にある
マルクス・アウレリウス皇帝の騎馬像
の上で
狂人ドメニコが焼身自殺
したすぐ下の石畳に
二台のオートバイが置いてあった

一台は
シルヴァーとメタリックグリーン
の二気筒900SSドゥカティで
最速にして最右翼!

あとの一台は
赤とブルーとホワイト
の四気筒750Sアグスタで
最速にして最左翼!

ともにパーフェクトで
ともに異っていた

連れだっていた女が
900SSドゥカティのような色をした
真珠の耳飾りを妙に揺らして
あなたはどちらのタイプをお望みかしら?
と顔をひねった

二台は古典的であったが
ぼくはそれぞれのオートバイに跨がって
「ドド ドドーン ドド」
「シャーン シャーン ドドッ」と
エキゾーストノートを轟かせ
火ダルマになって走ってみたく
考えていたが
ドメニコにはなれなかった

この女との旅は
ありふれたカップルの道行きであって
それだけであった その事は



 
ぼくの9.16

peacecard-exhibitionの会場に
一人では
とても持ちきれない
大きい地球儀が一つ置いてあった
そのことと
世界は
なんの関係もなかったが
peacecard-exhibitionは
世界の暗がりと
ほんのわずかにつながっていて
ほんとうに
ほんのささいなつながりではあったが
実際その先には
一滴!

命の水が光っている


「いらっしゃいませ!」

今日はお留守番の当番で
ぼくはみなさんのpeacecardを
百円で
何枚も売った
帰り際
あ と思って
古い地球儀を
縦に
ぐるッと回してから
赤茶けた世界を一瞬にして
眺め
無事
ぼくの一日は
暮れかけていった



 
空気の軽いトアロード

ひとむかし前であったなら
銀座にだっていたであろう絵姿の
見馴れていたはずの
そんな老夫婦が
ながい坂道から降りてきた

そして
わたしの横にあった椅子へそれぞれがそっと座り
ともにカプチーノ・コンカカオを注文した
Yシャツの袖の出具合 背広の堅さ
スカートの丈や身幅の柔らかさ
ともに涼しき街角の
そは 神戸元町トアロード

空気はとても軽くって
秋はただもうそれだけで美しかった



 


よく太った
いつわりの心も
ひとりぼっちの
やせて
きよらかな心も
ともにわたしの
じぶんです



 
ラヴクラフトな一日

うろんなまま
通りすぎる時間
それがじぶんのために
生まれては消えゆくものだとすれば
しかたがない
ぼくはぼく自身の怪しさを
ひからびたタコの頭のまんま
今日という幻の中で
またぞろに
生きてみようか



 
小猫とカミュ

昨夜 妙な夢をみた
ドブ川に流されてゆく小猫を助けた夢だった
濡れ毛が乾いてゆくとともに
その色はあまりパッとしない白茶けたものであって
太陽に灼けてざらざらした土のような
そんな寂しい色をしていた

もういいだろうと思って
小猫を残して土手をぷらぷら歩いていると
ミヤァ〜 ミヤァ〜と
また流されながら
またぼくを追いこしてゆく

どうしたんだろう
自殺願望の小猫だろうか?

アルベール・カミュに
「不条理と自殺」がある
この白茶けた小猫は
実際カミュを読んでいたのかも知れないな?
「苦労するまでもない」と
ミヤァ〜 ミヤァ〜した鳴き声で
小猫自身はああやって
生きることへの日々を
実際“告白”しておきたかったのだろう

また助けたが
二度あることは三度ある
こんどこそもう知らないぞ!
だってこのドブ川で

実際死にたいのはこの俺なんだから



 
ファーストクラス

翼あるものたちよ
台風の中
ごくろうさん
きみたちも
きみたちの一生の中では
これは“百年に一度”の
でぷれっしょんな
強い強い風だろうが
落っこちるな
堕っこちるなよ
君たちの翼は
お父ちゃんや
お母ちゃん
お爺ちゃんや
お婆ちゃん
そのまた
お爺ちゃんの
お婆ちゃんの
父の父の・・・
母の母の・・・
ずっと
ずっと
前からの
それは授かりものなんだから
落っこちるな
堕っこちるなよ
ぼくも飛ぶから
外からは歪んで見えても
ぼく自身の内ではね
いつだってね
これは
ファーストクラスの
ドキドキなんだ
ぼくときみは兄妹だから
ぼくも飛ぶよ



 
ねこは漬けもの石である

さんじゅう年間ものあいだ
青山にデザイン事務所を持っていた知人が
この夏に仕事場を畳んだと思ったら
こんどは池袋の知人が
やはりデザイン事務所を畳むと云う
最後の日に顔をだしてみたら
池袋もこれでお別れだから
この地で一杯やって帰ろうと云うことになった

で なんでもいいからぶらぶら歩いて
しばらくはぶらぶら話しながら
野良犬のように
ぶらぶら歩いていたが
あまり通らないと云う公園の近くを過ぎたころ
丸亀製麺という讃岐うどんのお店があった
のぞいてみると活気がよく
うなぎの寝床のような店づくりが利に叶っていて
今夜はどうせ野良犬だから
酒より腹から行こうじゃないかと合点して
ちょっと面白そうなので入ってみた
うどん玉に大根おろしと酢橘をトッピングした
おろし醤油うどんをわたしは食べた
けっこうイケたが
それにしては讃岐へのオマージュが弱い
讃岐うどんと云っても本当に本場もんだろうか?
などと店をひとしきりひやかしておいてから
丸亀製麺をでてみるとすぐの角に
外国人が多くたむろしている
ドラム缶をテーブルにした立飲み屋台があったので
今夜はどうせ野良犬だからと
二人はまた合点してその店で飲んだ
さびしいような楽しいような最後の夜は
さっき食べたうどんの味とメ丸亀モの看板文字が
ぐるぐると埒もなく酒と絡んで
『丸亀日記』イコール・ラブじゃないけれど
なぜか藤原新也を思いだす
最後はやっぱり『メメント・モリ』の話となって

「地面には穴がある」と知人のデザイナーが云ったので
「ねこは漬けもの石である」とイラストレーターのわたしは云う

愛の失せた街角で
安い酒を酌みかわしあい
二人はガハッと笑ってはみたものの
此の世は彼(あ)の世であって
天国もあり
地獄もあるんだ
と 月の明りで手相を見ると
互いの生命線がくっきり見えた

*文中、藤原新也の『メメント・モリ』を引用し、無断で改稿しましたことをここへ記
す。



 
落下の月

「くる日もくる日も君に焙られて、
   下界を照らすのはもう飽きたな」と月は云った
「それがお前の日々の仕事ではないか」と太陽が云った
「隠そうか!」と雲が云った
だが 雲はすでにそこに居なかった
おせっかいな雲を北風が吹きとばしてしまったからだ
下界では月に吠える狼たちが
「今夜の月はかくべつに奇麗だ」とハミングした
月は一瞬こう考えた
どんどん どんどん落下して
狼たちにさようならを云わなくちゃ



 
月立ちの日

殺してやろうか?
ああ どうにだってしてくれ!
太陽と月がひそひそと話しあっている
実際 月は太陽によって一ヶ月ごとに殺された
そして
殺されるたびに月は新しく誕生した

生きるとは
毎日が死ぬことであり
毎日が誕生なのだ

川の水がやってきて
川の水は去ってゆく
そのような時の流れによく似た川へ
片方の腕を差し入れてみた
自分とは細くて小さな
水の中で泳ぐ小指だなと思った




 未来のイブ

暗い場所に自動販売機がぽつんと置いてあって
若い男がその自動販売機の前に立っていた
しばらくして男は自動販売機にコインを投げ入れた
すると舌ったらずな若い女の声で
「おかいりなさい」と自動販売機がしゃべった
と同時にゴトンという音が響いて
男は肩を落しながらなにかを拾った
甘やいではいるが冷たい女の声と
肩を落した若い男のシルエット
そこだけがうすらぼんやりと明るくって
小さなマイホームの玄関がガラリと開いたような
これは家ではないか?
と振りかえってみたくなる街角の
ほっそりとした路地のふくらみにある
夫婦ごっこのフリしてあわれな家のかたらい



 
今日の〆

夜遅く
川沿いを歩いていたら
グハッ グハッと
大声で笑う奴がいる
だいたいの察しはついたので
川の中をのぞいて見ると
水銀灯の明りの下で
ぱたぱたと腕を広げながら
そいつは大きなアクビをしていた
まったく頓狂な奴だ
今日の〆くくりったら
闇のさなかに
マガモにマジな真顔で
笑われたこと

                          2009




                
                Poemへ戻る