POETRY DIARY

タルホチック・コンカカオ



 タルホチック・コンカカオ

カプチーノを飲みながら人を待ちぼうけていると 山手の上からころころと転がってくるものがあった 空っぽになったカップでひょいッと拾ってみると
「遊びにきたよ!」
と云う聲が聞えた 見れば昨夜のお月さんだった
あっけに取られてカップの中をのぞき込んでいると 可愛いウサギさんがくるくると現れて ぴょんとカップから飛び出した刹那 柔らかくて白い腕を僕の腕へ絡ませた
これは幸い! と 二人してトアロードを浜手へむかって歩いてみた 
その夜はもう まっくろ黒助な曇り空であった


神戸元町トアロードのカフェテラスでカプチーノ・コンカカオを注文して飲んでいたら、ふいに『一千一秒物語/Modern Fairly Tales』の詩集をものにされた稲垣足穂卿のことを思い出した。「芸術とはココア色の遊戯である」と云ったトゥリスタン・ツァラの力も働いたのだろう?

そんな訳で、ぼくは僕なりのルールに従って、敬愛するタルホ卿の小話『一千一秒物語』にカカオのパウダーを振りかけてみた。





 
迷子になった操縦士

サン=テグジュペリの乗った飛行機が墜落したので 彼は飛行機が墜落した場所にあった小さな国でもう何年も暮らしていました しかし 小さな国であったにもかかわらず 彼はその国でいつも迷子になっていました
今日も 小さな国の大きな湖のまわりをただぐるぐると回っているばかりでした
「むかし森や河や丘にたくさんの流れ星がヒューヒューと流れ落ちました。そのなかの一つ星が、自分たちを映すことのできる湖をつくろうと云いました。すると、ほかの星たちも〈わたしたちは天空の仲間からはぐれてしまって、これからはきっと淋しくなるだろうからね〉と云って造られたのがこの湖なんです」
と 若い男の声が後ろからした
ハッと思ってサン=テグジュペリがふり向くと 星の王子さまのような格好をされた小さな国の王子さまが立っておられた
星のささやき声を盗んで聴いたお話は これでおしまい





 
ルナ・ロッサ

「銀座もむかしにくらべると随分変わったね?」とお月さんが云った
「ええ 近くにウオーターフロントができましたから」とM氏は応えた
「それだけじゃないだろうが? こないだなんか ありゃ ひどいもんだった!」とお月さんが赤くなって怒った
M氏は知らん顔していたが 興奮したお月さんはルイ・ヴィトンの金看板であるVの字の真ん中へ片方の足を突込んだまま 尚もつづけた
「若社長がボール紙でつくった手製の看板で泡を飛ばしたり 暗い階段の出入口で金魚みたいな薄ものがヒラヒラと泳いでいた」
「秋葉原あたりから流れてきたのでしょう! 電気クラゲのようなもんです。まあそう興奮なさらないで、あのビアホ?ルで一杯やりましょう。おごりますよ」
それでもお月さんはぶつぶつと唸っていた
道理で だからあんなに赤くってアバタなんだ




 
テレビジョン

少し前の話しなんだが お月さんがTVを観ていて
「コレハニホンデイチバンユウメイナビジュツガッコウナンダ」と云った

観ると学生たちに囲まれて 教授らしき人々が講評会かなにかをやっていた 教授らしき人々は学生たちにむかって真しやかにアドバイスしている そこへお笑いタレントが乱入し ごちゃごちゃした質問を教授らしき人々へ向けて吐きかけた 番組の内容はそんなものだった
「ミテテゴラン、イマニミテテゴラン」とお月さんが云った

世間や組織から庇護されている教授らしき人々の中から一人の人物の髭をつかまえて 若いタレントはテロった 教授はたじたじ その他大勢の教授や助教授 取巻たちも一歩二歩と引いた 学生の数と先生の数がわからないほどの混戦の中で 最後はお笑いらしく 皆で笑ってその場は無事解散となった 後に行われたイベント会場にはさっきまで写っていた教授らしき人々の陣営は もう微塵も見つけられなかった

「ありゃ、お笑いタレントに教授陣がまんまと乗せられちまったね」とわたしが云うと

「コノDepressionナ2009ネン!? アドバイスナンテネェキミ、クウカンガドウノ、シキサイガドウノ、カタチガドウノナンテイッテナイデ、インペイサレガチナコノヨノスガタカタチヲメノマエニアルサクヒンヲトオシテ、タダ、ガクセイタチニキチントツタエレバソレデイインダ。ソレガArtナンダ」と お月さんは円くふんぞり返ってワッハ! 笑った




 
落下の月

「くる日もくる日も君に焙られて、下界を照らすのはもう飽きたな」と月は云った
「それがお前の日々の仕事ではないか」と太陽が云った
「隠そうか!」と雲が云った
だが 雲はすでにそこに居なかった
おせっかいな雲を北風が吹きとばしてしまったからだ
下界では月に吠える狼たちが
「今夜の月はかくべつに奇麗だ」とハミングした
月は一瞬こう考えた
どんどん どんどん落下して
狼たちにさようならを云わなくちゃ




 
胎内瞑想

殺してやろうか?
ああ どうにだってしてくれ!
太陽と月がひそひそと話しあっている
実際 月は太陽によって一ヶ月ごとに殺された
そして
殺されるたびに月は新しく誕生した

生きるってことは
毎日が死ぬことであり
毎日が誕生なのだ

川の水がやってきて
川の水は去ってゆく
時の流れによく似た川へ
月は片方の腕を差し入れてみた
自分とは細くて小さな
水の中で泳ぐ小指だなと思った





                
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